別の意味で銃撃戦が乱発している

西部劇という映画ジャンルを調べてみると実に多くの作品が見られる。それこそ見たことがないと言われるものもあれば、お馴染みと言われる定番作品もあったりするものだ。それを見て西部劇という作品に対してどう思うかは人それぞれです、ただ見た後に良作であればあるほどもっと多くの人に知ってもらいたいと思えるような作品もあったりします。それを伝播するには何の問題もありません、ですが困ったことをする人もいる、というより業界にはどうしてそんな表現をすることになったと言われるような作品も存在しています。

アメリカでは度々大ヒットした映画のパロディが作られることがあります。個人的に一番印象が強かったのは、ホラー映画としても名高い『スクリーム』に登場する殺人鬼が、何故か登場人物のある女性にマトリックスのような蹴りを食らわされたりする、もはやこれを映画と言っていいのかどうかも分からない作品を作ったりするものだ。余談だが、この作品は以前深夜で放送されているのを見て友人に話すと、今すぐその作品について見解を改めろと映画好きの友人から苦言を呈された。そもそも、あれを基準に考えようとは端から思っていなかったので、問題なかったが。

そういった作品の話をすると、言ってしまえば『荒野はつらいよ ~アリゾナより愛をこめて~』もかなりどうかと思う作品であることは否めない。ですが西部劇というジャンルで作られた作品の中にも迷作と呼ばれるものは存在しています。おまけにその方向性が全年齢対象ではなく、成人向けとなるエロスな作品へと昇華されています。

一言付け加えると、もはや西部劇という看板が見当たらりません。ポルノ映画にそんなことを求めても仕方ないのかもしれないが、一先ずそういう作品があるということも紹介していこう。

迷作中の迷作な西部劇

比較的まだ許される『グラマー西部を荒らす』

まず最初に紹介するのは、『グラマー西部を荒らす』という作品についてです。タイトルからしてもはや怪しさ抜群ですが、中身はそれほど過激なものではなく、全編を通して生まれたままの姿な女性たちが登場する程度となっている。それでも今の御時世ではアウトと言われていますが、公開された当時もそれは変わりません。

どういう映画かというと、この作品に登場する主人公はガンマンですがある時砂漠を放浪していると、裸の女性と遭遇してしまう。それ以降、何故かその女性の幻覚に悩まされることとなり、挙句の果てに何故か撃ち合いになった際に引き金を引いてみると、正面にいた敵が気づけば裸の女性に変貌しているのだ。何がどうなってそうなったと突っ込みたくなる、そんな主人公は旅の途中にて出会った『ベンジャミン・ジボウスキー』という中年の御仁と遭遇する

その後主人公と意気投合し、彼の悩みを聞くと鼻息を荒らげてそれを根絶するためにはそのヌード禍を絶滅させようと研究しようとした。だが実際には主人公の境遇が羨ましいだけで、自分もそんな体験がしたいというだけのエロ中年でしかなかった。それから色々策を講じすぎたことが災いしてか、2人は訪れていた街から手にプラカードを持った主婦連により街から追放されるという、良く分からない終わり方をして物語が終了している。

比較的見やすいといえば見やすい作品となっていますが、本編全てを通じてもはや裸祭となっているため適性のない人には目に毒かもしれない。

もはや乱痴気騒ぎじゃ済まない『荒野のエロガンマン アウトローズ』

2000年代中盤以降になると日本では映像規制が過熱化し、それは世界でも同様だった。ですが基本ポルノ映画と呼ばれるものはそういった表現が前提で作られているので、見る人の欲望部分はきちんとしっかり見えるようになっている。ただそれでもいつぞやと比べれば、ポルノ作品もなかなか厳しい世の中になってきているため、皆が苦労を隠せない。そんな中でまだ規制が本格的に始まる前となる1999年に公開されたポルノ西部劇『荒野のエロガンマン アウトローズ』という作品が登場した。

この作品、もう何といったものか最初から最後まで登場人物全員がやりたい放題となっている。銃撃戦がウリの西部劇が別の意味で砲身から発射されまくっている姿が、別の意味で阿鼻叫喚だ。元々エロティシズムに塗れた娯楽に正当性を求めようとしているのが問題外なのだが、それでも主人公ですら生物としての本能を赴くがままに体現しているのだから、人間というより作品全体にが獣じみている。そういう作品だと割りきってみたほうが良いのだが、中々そうもいかない。

理想とかけ離れた作品

さて、そんな理想とかけ離れた西部劇とは違い、今度は純粋な意味でギャグ作品で西部劇を演出するとなったらどうなるのかを見てみよう。ここからは完全な個人的な考察となるが、テーマとしてクレヨンしんちゃんを挙げてみる。意外と思われるかもしれませんが、クレヨンしんちゃんでは西部劇のパロディを何作となくやっているのです。